
ひと皿の料理を通じて、三重の素晴らしさをもっと広めていきたい

樋口宏江
株式会社近鉄・都ホテルズ 志摩観光ホテル 総料理長樋口宏江 (ひぐち ひろえ)
三重県出身。1991年志摩観光ホテル入社、2008年フレンチレストラン「ラ・メール」のシェフとなる。2014年、第7代総料理長に就任。2016 年 「G7伊勢志摩サミット」でワーキングディナーを担当し各国首脳に料理を提供。農林水産省料理人顕彰制度料理マスターズ「ブロンズ賞」「シルバー賞」、「フランス農事功労章シュヴァリエ」、文化庁長官表彰など顕彰多数。 2023年、G7三重・伊勢志摩交通大臣会合において「大臣主催晩餐会」「ワーキングランチ」を担当。
株式会社 近鉄・都ホテルズ 志摩観光ホテル
〒517-0502 三重県志摩市阿児町神明731
TEL:0599-43-1211
まっすぐに料理の道へ、そして総料理長へ

私の母は専業主婦で、毎日台所に立って三度のご飯や手作りのおやつを作ってくれました。そんな母のお手伝いをするうちに、私も料理が楽しくなり、図書館で借りた料理の本を見ながらお菓子作りに挑戦していたものです。もちろん子どものすることですから、たいしたものは作れません。でも焼き上がったクッキーを友だちに食べてもらうと「とっても美味しい!」と言ってもらえて。それが嬉しくて、いつの間にか将来はこの仕事をしよう、と考えるようになりました。
その思いは、成長してからも変わることはありませんでしたね。調理師学校に進んで調理の基礎を学び、志摩観光ホテルの調理部門に求人があると知り、応募しました。2008年、フレンチレストラン「ラ・メール」の料理長を経て、2014年にホテルのすべてのレストラン・バーを統括する総料理長に就くことになりました。
厨房内はもちろん、各部門とのチームワークが大切

私がこの業界に飛び込んだ頃は、女性の料理人はとても少なく、男性中心の世界と言われていました。ですが志摩観光ホテルでは、当時から女性にも門戸を開いていたのです。さらに当時の総料理長は、若手にはあれこれ指示するだけでなく、むしろ積極的に仕事を任せる方針をとっていました。私にとっては、最初から良い職場と上司に恵まれた、と思います。
ただ、ホテルでの料理はあくまでも「おもてなしの一環」です。調理部門の人間だからといって、食材と調理に向き合っていればそれで良い、というものではありません。周囲とのチームワークが不可欠です。
お客様にとって、ホテルでの体験は予約を入れるところから始まっています。その時の対応が素晴らしいものであれば、お客様の期待はふくらみます。そしてホテルに到着し、お帰りまでのすべての時間をお楽しみいただくには、部門を越えた密接な連携が必要です。ホテルには料飲部や客室部など、部門がいくつもあり、常に連携しながら仕事にあたっていますし、私の仕事場である厨房内でも同様です。
2016年に当ホテルで開催されたG7伊勢志摩サミットは、私たちにとって一生に一度の大仕事でした。ですが全部門のスタッフが一丸となり、存分に力を発揮したことで、各国の首脳をはじめとした皆様にご満足いただくことができました。これは私たちにとって、大きな経験だったと思っています。
まだまだ広く知られていない、三重県の魅力

三重県は地理的に、大阪と名古屋という大都市に挟まれています。また古い歴史と文化を伝える奈良と京都もすぐ近くです。これらの地域と比較すると、三重県のネームバリューは少々見劣りするかもしれません。美しい自然と伝統文化、豊富な食材に恵まれながらも、それを外に向かってアピールする力が弱いようにも感じます。
その理由のひとつは、三重の県民性にあるかもしれません。三重県人は控えめな方が多く、外に向かってグイグイ押していくが不得手なようです。もうひとつは、恵まれた環境の中で生まれ育ってきたためでしょう。三重には海にも山にも本当に美味しいものがたくさんあり、料理人としては絶好の舞台なのですが、そこに暮らす方々にとっては「それが当たり前」であり、特に恵まれているとは感じていない、というわけです。
いずれにしても私にできるのは、料理を通じて三重を盛り立てていくことです。三重県は新幹線が通らず空港もなく、便の良い地域とはいえません。ですからこのような記事を通じて全国の方々が「三重の食」に興味を抱いてくださることを願っています。
先人の教えを引き継ぎ、三重の魅力をさらに広めるために
のコピー.jpg)
私自身の今後の展望としては、まず先人たちが築き上げてきた歴史と文化を継承して、次の世代へと引き継ぐことです。また日々の仕事を通じて、情熱を持った地元の生産者の方々とともに、この土地の魅力、ここでしか味わえない料理を提供し、広く発信していくことです。それによって生まれ育った三重が元気になれるよう、望んでいます。
ただ残念ながら海産物については、環境の変化が原因なのか、過去に比べて収穫量が大きく落ち込んでしまいました。こればかりは人の手でどうすることもできないので、歯がゆいばかりです。
ですが生産者さんの長年の努力で、天然物に見劣りしない養殖物も活かしながら素晴らしい一皿を作ることができるようになりましたし、山の幸ではシカやイノシシといったジビエも扱うようになりました。
こうした取り組みを踏まえて、当ホテルでは毎月「ランチ賞味会」を開催しています。県内各地域の食材を集め、その日限りの特別メニューを提供するものです。同時に生産者の方々もお招きしてプチ講演会を開き、その食材と産地の特徴や魅力を語っていただくことでお客様は、料理をより深く味わい、食材生産者さんのファンになっていただけます。生産者と料理人、お客様がひとつにつながるイベントですので、三重の食に興味のある方には、ぜひご参加いただきたいと思っています。
遠く離れればきっと実感する、「可怜国」の素晴らしさ

私はたまたま、料理人という職業を選んだために、三重県がいかに豊かな自然と食材に恵まれた地域かということを知っています。ですが三重で生まれ育った方々にとって、それは当たり前の日常であり、特別なことではないのだろうと思います。
しかし進学や就職で三重を離れてみると、自分の故郷がいかに素晴らしい土地だったのかを実感することでしょう。温和な気候、穏やかな人々、四季折々の自然の恵み。そうした「三重県の素晴らしさ」を感じたなら、ぜひ周囲の方々にそれを教えてほしいと思います。そして県外で何年かを過ごし、三重に戻ることになったら、ぜひ故郷で暮らす幸福を、外に向かって発信してほしいと思います。そうした方々が少しずつでも増えていけば、この土地の良さを全国に広めることができ、三重県を活性化することができるからです。
万葉集や日本書紀の時代から、三重は食材の豊富な「御食国(みけつくに)」、さらに山海の美しい自然を讃えて「可怜国(うましくに)」と呼ばれてきました。そんな故郷の素晴らしさを、私はこれからも料理を通じてお伝えしてまいります。
株式会社 近鉄・都ホテルズ 志摩観光ホテル
〒517-0502 三重県志摩市阿児町神明731
TEL:0599-43-1211
https://www.miyakohotels.ne.jp/shima/