
長年積み上げた経験と知見を地域医療の底上げに還元したい

小林裕康
医療法人好日会 こばやし内科・呼吸器内科クリニック 院長小林裕康(こばやし ひろやす)
1962年、三重県出身。自治医科大学医学部卒。初期研修ののち、紀和診療所(現:熊野市立紀和診療所)所長。このときの経験をきっかけに呼吸器医療を指向。三重大学医学部附属病院を経て、ニューヨークへ留学。帰国後は鈴鹿中央総合病院・呼吸器センターの立ち上げに参画するとともに、大学病院・総合病院で臨床・研究、教育に従事。2022年、こばやし内科・呼吸器内科クリニックを開院。
医療法人好日会 こばやし内科・呼吸器内科クリニック
〒519-0163 三重県亀山市亀田町380-4
TEL:0595-83-2121
医療の谷間の集落に、唯一の医師として赴く

私が医師を志したのは、高校生の頃に見たドキュメンタリー番組がきっかけでした。若い医師が過疎地の医療を担うべく、離島で奮戦する姿を追ったものです。白衣を翻して船に乗り込み、「この島の命を守るんだ」と赴任していく姿を見て、私もこの先生のように地域を支える医者になりたいと強く思ったのを覚えています。
その後、自治医科大学で医学を学び、三重に戻って初期研修を受けます。自治医科大学は全国の自治体が共同出資して生まれた医科大学で、医師免許を取った後はそれぞれの出身地に戻り、一人前になると各地の僻地医療を担います。研修後の私が転任した紀和診療所(当時)は、山に囲まれた過疎地です。若者はどんどん町を出て行き、住人の半数近くが65歳以上。周囲に医療機関はなく、まさに「医療の谷間」でした。そんな状況ですから「自分は内科医だから」などと言ってはいられません。小児科だろうと外科だろうと、何でも診る毎日です。とにかく緊張の連続でしたが、今から思えば、本当に良い経験をさせてもらえたと思っています。
息切れの影に隠れていた慢性肺疾患

診療所に勤務していた当時、私が強く感じていたのは、息切れを訴える患者さんの多さでした。地理的に坂道が多いため、体力の衰えたお年寄りには外出するだけでも難事でしょう。ですがそれを差し引いても、「ちょっと歩いただけで、息切れがつらくて…」という方が多く見受けられたのです。
そこで私が実施したのが、運動量と酸素量を測る集団検診です。360人の住民の方にご協力いただき、診療所の隣にある体育館内で、3分間の歩行試験をしていただきます。同時に血中の酸素濃度を測るパルスオキシメーターを用いて、歩行中の酸素飽和度が低下するかどうかをチェックしました。
その結果、360人中41人、つまり1割以上の方々が低酸素状態におちいっており、さらにその6割程度、24人の方がCOPD、いわゆる慢性閉塞性肺疾患と診断されたのです。この結果はデータにまとめて国際的な医学専門誌である「CHEST」に掲載され、評価をいただいています。
大きな自信とともに、呼吸器医療の分野へ

紀和診療所での健診結果は、全国を対象とした疫学調査の結果とほぼ一致しており、紀和町だけが有意に高率というわけではないことが分かりました。しかし「運動中の酸素濃度を追跡することで、隠れた疾病を可視化できた」ということには、大きな意義があったと思っています。またこの一件は若かった私に大きな自信とモチベーションを与えてくれ、その後、呼吸器専門医としての道を歩ませる決定的なきっかけになったのです。
その後の私は三重大学医学部附属病院を経て、ニューヨークのコーネル大学に留学。当時、すでに呼吸器医療の分野ではトップランナーの一人であったボスから多くを学び、帰国してからは大学病院・総合病院で臨床と研究、呼吸器疾患の啓蒙につとめ、2022年にこばやし内科・呼吸器内科クリニックの開院に至りました。
まだまだ認知されていないCOPDという疾患

COPDという病気は、一般にはまだまだ知られていないのが現状ですが、平たく言えば「タバコ病」です。長年の喫煙によって肺の機能が徐々に損なわれていき、息切れが起こり、酸素濃度が下がって在宅酸素療法が必要になるケースもあります。多くの人は、ちょっと体を動かして息切れを感じても、それを病気だとは思わないでしょう。「俺も歳だからな」とか「近ごろ運動不足だなぁ」程度で終わりです。ですが、その「何でもないこと」が、喫煙によるCOPDである可能性は高いのです。
実際、COPDはタバコをやめることで進行を止めることができる、非常にシンプルな対応が可能な病気です。だからこそ、私たち現場の医療従事者が国の政策だけに頼らず、日常の診療の中で患者さんに伝え続けていく必要がある、と考えています。
開業医という立ち位置を活かし、隠れPOCDをあぶり出す

私は呼吸器内科を軸として活動してきましたが、当院は一般内科も扱いますから、高血圧や糖尿病で通院される患者さんも数多くおられます。そうした方々に喫煙歴があると分かると、呼吸機能の検査をすることがあります。そこでCOPDのチェックや啓蒙ができるというのは、当院の大きな特徴ですし、強みともいえますね。実際にこのパターンで「隠れCOPD」が見つかり、治療につながるケースは少なくありません。
ただCOPDの治療は、第一に禁煙、つまり患者さんの生活習慣の改善から始まります。これは患者さんが自身の状況を知り、危機感を持ち、改善しようと行動することで効果が表れるものです。そのため医師としては「今の段階で禁煙してくれれば…」と思うこともしばしばです。ですが実際には、私たち医師にできることは限られています。「タバコは体に毒ですよ」と何度繰り返してもなかなか縁を切れず、心筋梗塞や肺ガンに見舞われて、ようやく禁煙に踏み切る、という方もおられます。ですが、それではやはり遅いのです。
タバコをやめるというたった一つの選択が、その後の人生をどれほど大きく変えることになるのか。もっとしっかり知っていただきたいのですが、こればかりは日々の診療の中で、根気よく伝えていくしかないと思っています。
自身の経験と知見で、地域に恩返しするために

これからの私の展望は、いたってシンプルです。第一に、地域にとって「すぐに相談できる、敷居の低い医療機関」であり続けること。体の不調やちょっとした不安を感じたとき、気軽に足を運べる場所として、地域のクリニックが果たすべき役割をきちんと担いたいと考えています。
アメリカ時代の私のボスは、60歳近くなってから、これまで経験のなかった遺伝子治療の分野に進みました。すでに呼吸器医療では第一人者であったにも関わらず、経験も知見も少ない新たな医療へ分け入っていったのです。そのボスの行動をなぞったわけではないのですが、私は基幹病院での臨床や教育を手がける立場から、還暦を迎えるタイミングで当院をオープンしました。
今の私は呼吸器内科に携わり、すでに数十年の経験を重ねています。紀和診療所で孤軍奮闘していた頃とは、比較にならないほどの経験値が今の私にはあります。その能力を地域医療に活かすには、やはり地域に密着した開業医がいい。地域の方々が気軽に訪れてもらえて、相談できる。病気にならなための、早期発見・予防医療を行える。そうした拠点は、地域全体の健康水準を保つ上でも非常に重要です。
臨床医というのは、教科書だけでは学べないことを日々、患者さんから教えてもらえる仕事です。その意味でも地域医療に自分の能力を還元するというのは、私を育ててくれたこの地域への恩返しでもあるのです。
経験を積み、周囲に何かを還元できる存在になってほしい

若い方々にとっては、三重県は田舎に見えるかもしれません。名古屋や大阪、東京といった都会には、仕事も人脈も多く、自分自身を大きく飛躍させてくれるチャンスがいくつも眠っている…そんなふうに感じるでしょう。それは確かに事実ですし、否定するつもりはありません。
ですが三重にいるからといってチャンスがない、可能性が限られている、というわけでもないのです。
人は、今いる場所からしか、どこへも行けません。それなら「今、ここでできることは何か?」とか「この地域で、自分が貢献できることは何か?」という視点を持つのも良いのではないでしょうか。その上で遠い都会や海外に出て経験を重ねれば、多くのものを得られるでしょう。
言うは易く、行うは難し。ですが、何でもやってみることが大事です。私のような還暦を過ぎた人間でも「去年より今年、今年よりも来年」という意識を持ち続けていれば、一歩ずつでも前進できます。これから社会に出て行く皆さんが自分自身を成長させ、周囲に何かしらを還元できる人間になれたら、こんな嬉しいことはありません。
医療法人好日会 こばやし内科・呼吸器内科クリニック
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